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聖徳太子は存在したか、しなかったか

大阪府八尾市。
大変失礼ながら、ここに引っ越してくるまで、知らなかった都市名だった。
 

              <八尾の街>
 
けれども、ずいぶん歴史のある場所。
 

            <大聖勝軍寺>
 
八尾市には市民に「太子堂」と呼ばれて親しまれているお寺がある。
正式な名前は「大聖勝軍寺」。
 
 

            <中央が聖徳太子>
 
587年。廃仏派の物部守屋と、仏教擁護派の蘇我馬子の戦い。
馬子側には王族が何人も名を連ね、その中に
聖徳太子もあった。
守屋軍は強く、馬子側は退却した。
その時に、太子は四天王像を木で彫り、
この戦いに勝たせてくれたら、必ずお寺を建てると請願。
 

           <大阪市天王寺区の四天王寺>
 
馬子側が勝つことができたため、大阪市の四天王寺とともに
建てられたお寺が太子堂だと言われている(「日本書紀」より)。
 

           <太子堂に祀られる椋の木>
 
さらに、馬子側が不利で危なかったとき、椋の木の幹が割れ、
聖徳太子をかくまったという伝説もある。
 

              <太子堂本堂>
 
聖徳太子は、もともと伝説だらけの人物。
八人、あるいは十人の話を一度に聞くことができた。
厩で生まれた。
聖徳太子が乗った馬が空を飛んだ。
未来を予言した、などなど。
 

 
廃仏派の守屋VS仏教擁護派の馬子という構図は、
後に仏教側が脚色したようだ。
聖徳太子の四天王像による戦勝祈願も、四天王寺などの
起源譚として語り継がれたものだという。
 

 
実は、有名な「十七条の憲法」も、後世の創作だとする説がある。
日本書紀が書かれた奈良時代、作られたと考えられている。
 

 
            <ネットよりお借りしました>
 
余談だけれど、旧一万円札に載っていた聖徳太子も、
真実ではない。
お札の格好は、もっと後世の官僚の姿。
聖徳太子の時代は、太子堂の像のように
左右で束ねる「あげまき」と呼ばれる束髪だった。
 

 
今年の教科書に、「聖徳太子は実在しなかったかもしれない」という
記述が載るそうだ。
 

 
聖徳太子は、本当にいたのか、いなかったのか。
今となってはだれにもわからない。
八尾の太子堂は、今日も確実にあるのだけれど…。
 

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コメント

非公開コメント

No title

おはようございます

河内の国は古いですからね

是非、石切さんに行ってみてください
あの参道は絶対ひーさんのお気に召しますから

No title

おはようございます。
ひーさん八尾にお住まいですか、
昨年末、八尾を歩きました。大阪のベットタウンで
生駒山、信貴山が見えて静かな佇まいですね!https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s368.gif">

No title

こんにちは~、毎日寒いですね。。
そういえば八尾に太子堂ありましたね^^
大阪はお太子さんの本場(笑)ですからねぇ。天王寺さんも21日は凄い人だし・・。
太子町もいいところですよ・・ま、古墳が多いですが・・・竹内街道もありますし。夏はぶどうが♪

八尾のアリオにめがね買いに行かなくちゃwwスイーツパラダイスもあるのね・・。

No title

聖徳太子は実在な人物ではないかもしれない⁈

ヘェ~そうなの…知らなかったですhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s319.gif">
歴史って、ある日突然変わるものなのですね!

近代史だと記載があるから、調べればわかりやすいんですが、大昔のことは、ちょっとしょうがないかなあーhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s257.gif">

No title

私も先日TVで『聖徳太子はいなかったという説もある』と言ってるのを聞いてびっくりしました!

1万円札って聖徳太子じゃなかったっけ?と(あまりご縁のないお札なもんで…)財布から出してマジマジ見ましたよ。

でも、八尾市ではいらしたことになっているのですね!

No title

ssoh3211さん、このあたりは、
古代からの歴史が伝えられるところですね!

「石切神社」って、大きな看板が
立ってるところですよね(*^_^*)
一度行ってみようと思っています♪

No title

mino710710_0203さん、こんばんは~☆
そうなんです!ブログは八尾から発信しています(笑)
ここは生駒山が見えてとてもきれいなところですね(*^_^*)
大阪のベッドタウンで、物づくりの街です♪

No title

ぺぐさん、こんばんは~☆ほんと、毎日寒いですね~(>_<)
大阪は聖徳太子ゆかりの場所がたくさんありますね!
こちらに引っ越してからよく歴史関係の本を読むように
なりました(^^ゞ

え~アリオに来られるのですか!?
どこかでお会いしているかもしれませんね~(笑)
お買い物の途中で、よくミスドでお茶してます(^^)v

No title

アーモンドさんは、聖徳太子をご存知でしたか!?
日本では知らない人はいないくらい、
歴史上の有名人なんですよ(^_-)~☆

そう♪
歴史って、昔のことだから変わりようがないはずなのに、ある日突然変わるんですよ(笑)
古代の歴史書は半分伝説だから、仕方ないですね^^;

No title

よねちゃんさん、用明天皇の息子で、山背大兄王の父である聖徳太子は、実在したのではないかな、と私は勝手に想像しています(笑)
けれども冠位十二階の制度や、十七条の憲法は、
後世の脚色かもしれませんね^^;

確かに、私のお財布も、あまり太子には縁が
ありませんでした(^^ゞ

No title

私の高校時代の財布の中にはいませんでした(寂)
その後、学生時代に入ると、聖徳太子様が現れて?居ました!(嬉)

最近は、福澤先生に押されっぱなしですが・・・(札)
学問分野では白黒はっきりしなければいけないのでしょうが・・・(究)
ロマン溢れる古き良き時代も大切にして欲しいですね(願)

No title

よこぼり365さん、大学時代、あのおうどん屋さんから
聖徳太子が…!?
私の大学時代は、やっぱりあまりいませんでしたね…(>_<)

学問分野ではっきりすることがあるんでしょうか^^;
確かに、古き良き時代はそのままに
しておいてあげたい気もしますね~(歴)
でも、お札の顔にはならないかもしれませんね(笑)

No title

☆歴オタとしましては、伝説・伝承はそれが実在する・しないを問うのではなく、それが語り継がれた故を、…長い歴史の中で人々が語り続けた心の理由を問う方が大切と思っております。勿論科学的検証も大切ですが、俗信的・宗教的側面の検証を忘れてはいけないというのが私の姿勢です。

故に、聖徳太子が仮に実在しなかったとしても、人々の心には確実に実在した人物。

唯我独尊なコメント、何卒ご寛容の程を(^^ゞ

No title

Hannibalさん、もしかして、ローマからの
コメントでしょうか!?@@

そうですね。歴史は事実とは限らず、
けれども物語のなかに真実があるのかもしれませんね(*^_^*)

聖徳太子は、あれだけお札になったのですから、
確実に人々の心の中にいますね(笑)

いえいえ、歴オタ、やはり登場していただかなくては…♪
遠くからありがとうございます(^^)

No title

こんにちは~♪
聖徳太子は実在しなかったかもしれない・・
あら~~、そんな説があるのですね~!

左右に束ねた束髪のお姿はふっくらと可愛いですね♪
(こんなこと言っていいのかな・・~~;)
お札の聖徳太子の画像見て、今は誰だったかとお財布出してみてみました・・あって良かった~(笑)

素敵な記事、読ませていただきました☆

No title

shizuさん、こんにちは~♪
近年、十七条の憲法や、冠位十二階の制度は
もっと後の時代の朝鮮半島や中国の制度から
ヒントを得ていると指摘されているようです^^;
でも、一部には、そこまでしっかり整っていなくても、
原型のようなものが聖徳太子の時代からあったのではないかという見方もあって…。

この先、歴史家たちはどのような結論を出すのでしょうね(*^_^*)

聖徳太子はいたか、いなかったか、というより、
私たちにはお財布にあったかなかったか…(^^ゞ
ですよね(笑)